ひとり芝居

  結純子ひとり芝居 「地面の底がぬけたんです」


ひとり芝居「地面の底がぬけたんです」は、
役者・結純子がみずみずしい感性と豊かな表現力で
ハンセン病患者・藤本としの苦難に満ちた生涯を
           いきいきと再現し観る者を深い感動にさそう。                     
            上演時間1時間45分

【 あるハンセン病患者の苦難の生涯 】                           
藤本としは1901年(明治34年)、東京・芝琴平町に生まれた。子供の頃は芝居好きの母親に連れられ、よく歌舞伎を観に行った。縁談がととのった18歳のとき、突然ハンセン病にかかり、絶望して自殺を図ったが未遂。以後、療養所を転々とする間に手足が麻痺し、47歳のとき失明した。しかし、身体の不自由にもかかわらず、点字を習い、文章を書き、笑いを忘れず、病友に慕われた。彼女の随筆集『地面の底がぬけたんです』(思想の科学社刊)は感動的な名著である。1987年(昭和62年)、岡山県の邑久光明園で死去。86歳だった。

結 純子(ゆい じゅんこ)                  
東京生まれ。早稲田大学教育学部英語英文科卒。「劇団俳優小劇場」、「劇団三十人会」所属後、1974年松橋勇造と劇団を結成。77年に「劇団ほかい人群」と名乗り、ワゴン車に鍋、釜、味噌、醤油、寝袋など一切合財を積み込み、日本全国を公演して回る。その間は役者よりも構成・演出家として、愚安亭遊佐のひとり芝居「人生一発勝負」(文化庁芸術祭優秀賞受賞)、「百年語り」などを創る方に力を注いだ。「劇団ほかい人群」解散後、数年間のブランクを経て、自らの身体表現を通して人とつながりたいと役者に復帰、ひとり芝居を始める。石牟礼道子の「道ゆきのえにし」高村光太郎の「智恵子」、宮沢賢治の「祭りの晩」、岡本かの子の「太郎への手紙」などを構成した作品を各地で公演。また毎年、地域の子供と母親が一緒に参加する演劇ワークショップを指導、全く新しいスタイルの舞台を作り、好評を得ている。ひとり芝居「地面の底がぬけたんです」は2001年10月大阪・京都・鳥取で初演。その役柄と熱演ぶりが観客の涙を誘い、マスコミでも大きく取り上げられた。